それはイエス・キリストの誕生日。
――の、次の日。
だいたいはこの日が主流だけど日本じゃ一日前の夜が有名。
みんなでわいわいがやがやお祭り騒ぎになるんだよね。一緒にいる人は家族だったり恋人だったり。ボクの場合はと言うと。
「ここ、どこ?」
本日五回目のつぶやきは冬の空に簡単に溶けてしまう。うーん。またやっちゃったかなあ。今度は自信あったのに。
家を出たのは一時間前。忘れないように買い物リストだって作ったし本当なら20分もあればつく距離のはずなのに。もう一回家に戻ったほうがいいのかなあ。
右に進んで、左に戻って、また右に引き返して。目的地には全然近付けなくて。代わりに時間はどんどんどんどん過ぎていく。
仕方ないや。今日は家に帰ろっと。
踵をかえしたその時。
「モロハー」
どこからか人の子の声がした。右、左を見て、今度は後ろをふりかえって。
「こっちこっち」
声の主はコーヒー色の肩までの髪と瞳をもつ女の子。
「ヴィーチェさん」
「リーハでいいわよ」
そう言ってくったくなく笑うのは同級生のリーハ・ヴイーチェ。
「今日は買い物?」
「うーん。そのはずだったんだけど……」
右見て。
左見て。
もう一回右見て。
「ここ、どこ?」
本日六回目のつぶやきがまたも空に溶けてしまう。ここまできたら認めるしかないのかなあ。
そう。ボクこと草薙諸羽(くさなぎもろは)は人よりちょっと道に迷いやすい体質の人間みたいで。今日も買い物の途中で道に迷ってしまった。
「買い物なんでしょ?」
「うん。買い物」
そう言って手にしたメモを手渡す。
「卵に小麦粉にチョコレート。ココアにナッツに……ばんそうこう?」
「お姉ちゃんが何か作ってるみたい。ボクも手伝おうとしたんだけど、一人でがんばるって。代わりに買い物頼まれちゃった」
「それって一人で?」
「うん。一人で。この前も休みなのに仕事だからって学校で遅くまでがんばってた。生徒会って大変だよね」
ボクのお姉ちゃんは同じ学校に通う高校三年生。みんなから姉御って慕われてる生徒会会計だ。
「それって本当に生徒会の仕事なのかしら」
「え?」
首をかしげると、なんでもないとリーハは笑って応えた。
「そういうリーハも買い物?」
「うん。そうなんだけど……」
そこで声がちょっとだけ小さくなる。
(ちょっと遅れたけど、今ならまだ大丈夫よね)
うつむいて、少しだけ顔を赤くして。ぶつぶつと何かつぶやいている。あれ。おかしい。これじゃさっきと正反対だ。いつもは元気で明るくて。何かあったのかな。
顔をのぞこうとしたら、急に肩をつかまれる。
「ねえモロハ。せっかくだからあたしの買い物にも付き合ってくれない? あなたの買い物にも付き合うから」
肩をつかむ力強さと同じく有無を言わせぬ力強い表情にボクは首を縦にふるしかなくて。
ついたのは学校のそばの大きなデパート。おっかしいなあ。そんなに歩いたつもりはなかったのに。
って言ったら『どこから歩いてきたの』って変な顔された。
「友達にプレゼント?」
「そう。いつも夜遅くまでがんばってるから」
デパートの中の洋服売り場。そこで二人の女子高生がああでもないこうでもないとにらめっこ。
「もしかして、クリスマスプレゼント?」
何気なく聞いてみると白い頬に赤みがさした。
「そう、ね。プレゼント。そう、クリスマスプレゼントなの。ちょっとくらい遅れても大丈夫よね」
ボクにというよりもまるで自分に言い聞かせているみたい。ちなみに今日の時点でメインの24日をほんの少し過ぎちゃっている。
「渡そうとしても家の手伝いで忙しいって全然かまってくれないの。ほんと嫌になっちゃう」
「嫌なら買わなきゃいいのに」
ボクだったらそんな人のためにわざわざ買い物なんかしないけど。そう思って声をかけると『そうもいかないの』と強い調子で返された。
「ほっといたら本当にそのままで終わっちゃうもの。
それに風邪なんかひかれたら大変なんだから。無理しすぎなのよ」
言葉とは裏腹にプレゼントを選ぶ瞳は真剣そのもので。だからボクも真面目に選ぶことにする。
「その人が好きな色とかないの?」
「そうね。青とか緑とか。でも赤も嫌いじゃないって言ってたかしら」
洋服から小物売り場の方に移動して。ジャケット、コート、帽子を手にとっては元に戻し、マフラー、手袋をはめては小首をかしげて。
「その人のこと、本当に大切なんだね」
そうじゃなかったらここまで真剣にならないもん。
彼女の視線はプレゼント選びに夢中で。ボクの顔なんか全然見てない。
友達のプレゼント選びというよりもそれは。
「リーハ、ひとつ聞いてもいい?」
「たぶん背は同じくらいだから、あたしにあうくらいでいいのよね。おそろいにしたいけど嫌だって言いそうだし」
ボクの質問に答える代りにこの表情。耳元でそこまで言われたらほぼ決まりだ。
「ああ、でも体格が違うからあたし基準で選んでもダメか。
ん? なに? モロハ」
「プレゼントの相手ってもしかして彼氏さん?」
確信をこめて尋ねると、リーハの顔がゆでだこになった。
「かか、彼氏なんて、そんな……」
「じゃあ片思いなんだ」
ますます確信を込めて聞くと、リーハは観念したように大きな息をついた。
「鈍いのよ。あいつは」
服売り場の中から見つけた手袋を握りしめて、形のいい眉をつりあげる。
「ようやく再会できたと思ったのに反応うすいし、一緒に学校に行こうってさそってもそっけないもの。子どもの頃は毎日一緒に通ってたのに。
あげくのはてには『俺にかまってないで早くいい男でも見つけろ』ですって。いい加減気付きなさいっての!」
ひとしきり思いのたけをはき捨てると、今度はさらに大きなため息をついた。
「あなたはどうなのよ」
「ボク?」
今度はボクが小首をかしげる。
「もしかして付き合ってる人がいるんじゃ――」
「まっさかー」
リーハが言うよりも早く。ボクは首を元気に横にふった。
「やりたいこととやらなきゃいけないことたくさんあるもん。恋愛にかまけてる暇ないよ」
「じゃあ、気になる人は?」
「全然」
これは本当だから仕方ない。
草薙諸羽、15歳。生まれてこのかた彼氏なんていたためしがない。そりゃあ全く全然気にならないかって聞かれたら嘘になるけれど。今はやることがたくさんあるんだ。
「それで。プレゼントはきまったの?」
「これにする。風邪ひかれたら困るものね」
レジに差し出したのは緑色のマフラー。はしっこには白の刺繍がしてある。
「喜ぶといいね」
「……うん」
ラッピングされた包みを手にはにかむ様は同じ女の子のボクから見ても可愛らしかった。
「送ってくれてありがとう」
ボクの分の材料を買って、また迷ったら大変だからとわかるところまで一緒についてきてもらって。だから駅に着いたのは 夜の10時をまわっていた。
駅につくまでのその間、いろんな話をした。好きな人とのなれそめとかボクが学校を休む理由とか。
どうやったら彼をふりむかせることができるのかって話はさすがに答えられなかった。だってボクにもわからないもん。
「こちらこそありがとう。いいクリスマスが迎えられそう」
二人別れの挨拶をすませ、お互いの帰路につこうとしたその時。
「リーハ」
声をかけたのはがっちりとした体格の男の子。
「トモトモ」
「おばさん(お母さん)が心配してたぞ。あんまり夜遅くに出歩くな」
そう言ってトモトモと呼ばれた男の子はリーハの首にふわりと巻き付ける。
「家の手伝いはいいの?」「とっくに終わった。家に帰ったらおまえの母さんから電話があった。
風邪ひいたら大変だろ。俺ので悪いけど」
「……うん」
首にまかれたのは藍色のマフラー。
なんだ。ちゃんと伝わってるじゃん。
ボクにもいつか来るのかな。今は想像つかないけど、いつかは好きな人と一緒に手をつなぐ日が。
うーん。やっぱり今は家族や友達と過ごすのが一番かな。
「じゃあボクはこれで」
二人をお邪魔するのも悪いから、そそくさと駅に向かってかけだす。
「待ってモロハ」
呼び止められて振り返ると、リーハが満面の笑みで。
「メリークリスマス!」
だから。ボクも負けないくらいとびっきりの笑顔で。
「メリークリスマス!」
メリークリスマス。よい夜を。