坂本洋子

よつば著作・メディア

「ひと足さきに男女平等実現!? 韓国に学ぼう家族法改正」
『週刊金曜日』2004.5.28(509号)

(ウェブ掲載にあたり、一部表記を改め、また、写真等は略してあります。 掲載を許可していただいた『週刊金曜日』編集部に感謝いたします。)

韓国では、男性優先文化をもたらす戸主制度が廃止されようとしている。「男性優位の伝統」が残るなか、 家族法の改正運動はどのように進められてきたのだろうか。運動の方法やその効果について、 韓日の関係者が語り合った。



坂本洋子(さかもと ようこ);民法改正情報ネットワーク共同代表。 90年代初めから民法改正運動に取り組む。

申■栄(シン キヨン);ワシントン州立大学博士修了。お茶の水女子大学ジェンダー研究センター 21COE客員研究員。日本と韓国の家族法の比較研究を行なう。



 今の日本の年金や少子化などの問題は、結局はすべて家族内の問題。とすれば個人が生きやすい 家族制度に変えることが本当に根本的な問題で、ほかの社会問題と全部つながっています。いろいろな活動 をしている人たちは、実は同じ問題に関わっているのに、そのことに注目していない気がします。

坂本 確かに、女性問題に取り組む人たちとは、婚外子差別や夫婦別姓の集会は もちろん、年金審議会の傍聴や憲法、平和、環境問題の集会などで会います。根は同じ問題なのです。 でも、平和や憲法には関心があるけど女性差別には無関心という人は多い。
 マスコミを見ても、どうも女性問題は後回しになっている。特に大手になればなるほど、政治の問題が 第一優先。あと経済と国際が大きな問題で、女性や子どもの問題は下のほうに見られて、なかなか取材にも 来てもらえません。

改正は秒読み?

 メディアの役割は本当に重要ですが、情報を受けるだけじゃなく発信することも社会を変える力 になります。韓国では市民がつながるのにインターネットの役割が大きい。この戸主制度廃止運動が 盛り上がるようになったきっかけの一つも、インターネットでした。
 ある漢方医がインターネットの戸主制度廃止を訴える討論カフェで、「男の子を産まなければいけない ので男の子が産まれやすい体質にする漢方をつくってくださいと言う女性が多い。何回も中絶したという話 も聞いた。ほかの漢方医に聞いたら、みんな同じ経験をしていた。これは戸主制度の男性優先文化によって 起きるものだと分かったから、戸主制度は廃止すべきだ」と宣伝したら、それに対してインターネットを中心 に議論が盛り上がったんです。

坂本 日本もかつては跡継ぎを産むのが「嫁」の第一の仕事で、男の子が 産まれるまで産んでいた。ですが、韓国が今でもそういう感覚とは驚きですね。

 私も驚きました。社会制度からして、息子を産まないと後でいろいろ問題が起こる。 一番の圧力は、親たちが、絶対男がほしいと言うこと。一人か二人しか産みたくないのに、それが息子 でなければならないというプレッシャーがあるから、何回も検査して、女の子だったら中絶するのです。

坂本 そんなに中絶を重ねたら身体に良くないですよね。女性の健康に悪いのに、 男の子を産まなくちゃいけないという強迫観念にかられているわけですね。

 そう。そういうプレッシャーを受けている女性がたくさんいます。だから、出生比率が 女100対男110となっているのです。このままでは男性人口だけが増えてしまう。韓国では、少子化よりも この男女比率のほうが、先に解決すべき深刻な人口問題になっているのです。

坂本 本当にいろいろな社会問題に波及するんですね、家族のあり方というのは。

 はい。それが早く戸主制度をなくすべき理由です。

坂本 改正はもう秒読みだと思っていいんですか。

 この前の総選挙で、女性議員が10%を超えました。女性団体出身の議員もいます。 女性団体は今回(17代)の国会が解決すべき女性問題のうち、家族法の改正を第一だと宣言しました。 女性議員と進歩派の議員の役割を期待しています。国会で法律の改正ができればもちろん望ましいですが、 もしそれが無理でも、いま提訴中の憲法裁判所で憲法違反の判決が出れば実質的には同じことです。

坂本 どちらにしても、結論はいつごろ出る予定ですか。

 それは政治的な判断があると思いますが、提訴したのが2000年と2001年だから、 裁判所の判決はもうそろそろじゃないかなと思っています。

実の母親でも「同居人」

坂本 申さんは、日本と韓国の両方の家族法の研究者でいらっしゃるのですが、 なぜ対比してご覧になるようになったのでしょうか。

 90年代後半、女性運動が韓国でも活発化し、家族法改正運動も盛り上がっていたとき、 こんな問題いっぱいの家族法はいつから始まったのかと考え、韓国に戸籍をもたらしたといわれる 日本の植民地時代に注目し始めたのです。
 それで民法改正後の日本でも、夫婦別姓や婚外子差別の問題があることが分かりました。 両国とも女性差別の家族法を維持していると思い、家族法改正に関する動きを女性問題という観点から 比較研究する必要性が高いと思ったのです。

坂本 韓国の家族法の見直しはいつ頃からなされましたか。

 1948年から10年にわたって、民法の親族、相続編(家族法)をどのように改善するかに対して 大きい議論があったんです。どの規定が日本から来たもので、どの規定が韓国の伝統的なものかも議論した 結果、家父長的なものは全部残された。韓国の伝統的な慣習だからという理由でです。
 それで李兌榮という若い女性弁護士が、こんな民法ではダメと運動を始めました。 そして主に三回の改正があって、少しずつ差別規定がなくなっていきました。

坂本 具体的に、どういったところが変わったのでしょうか。

 1962年と77年の改正ではそんなに大きくは変わらなかったのですが、 89年の第三次改正の中では、戸主制度と、同姓同本婚姻の禁止(下注)以外の女性差別規定は 全部なくなりました(詳細は下の囲み参照)。
 ただ、同姓同本婚姻禁止は、97年、憲法裁判所によって「憲法不合致」とされ、条文は残っているの ですが法律的な効力はないので、八親等以内でないことが証明できれば結婚できることになりました。 残っているのが戸主制度です。

坂本 離婚すると、戸主制度のため、妻のほうが子どもと暮らしても、 実の親子なのに住民票では「同居人」になると聞きましたが。

 そうです。親が離婚した場合、子どもは父親の戸籍に残されるので、母親が親権者として 子どもと一緒に暮らしても、戸籍が違うので住民票では「同居人」になってしまいます。 母親だけにそんな問題が起こるということは、女性に対する明白な差別です。

坂本 日本も80年に妻の相続分が二分の一になる(それまでは三分の一) など改善はされていますが、夫婦別姓の実現については、なかなか難しくて。 日本の夫婦同姓制度をどうご覧になりますか。

 実質的な選択制ではない「選択制度」だからおかしい制度です。女性の方が自分の姓を変える ことが当たり前だと思ったり、彼の姓を変えたいと望んでいても周囲から圧力を受けたりする状況は、 女性の名前より男性の名前に価値をおく、男性中心の家族制度を維持しようとする家父長的な考えが 粘り強い証拠です。

坂本 法律上は夫又は妻のどちらかの姓を選ぶので平等ですが、 97%以上の女性が結局改姓しているというのは、実質的な平等ではないということですね。 あなたたちが選べるんですよと言いながら、実はそうさせない慣習があって、慣習のほうが法律よりも 効力が強い。政府はこの意識を変える啓発活動をしていません。
 日本の場合は70年代から民法改正の運動が始まっているのですが、盛り上がったのは90年代なんです。 シンポジウムを開いたり、国会でロビー活動をやったりとか、私たちなりに一生懸命やってきたつもり ですが、なかなか声が届かず、歯がゆい思いでいます。韓国では運動がどう盛り上がってきたかを聞かせ ください。

市民団体が手をつなぐ

 民主化運動以降、市民団体は政権のパートナーとして成長してきました。政府も、 何十年と運動をやってきた市民団体のほうが専門的な知識を持っていることに注目して協力関係を つくってきました。たとえば女性の問題は女性団体に頼らなければ政策がつくれない。 女性団体が政策分析、事例収集、対案提示までやっているので、政府はそれを必ず聞くという関係 になっています。
 ただ、家族法のように社会全般の家父長的構造を変えなければいけない問題は、 女性団体だけの力ではできません。反対する勢力も強いので、女性だけの問題にしたら、 女性と男性の闘いになってしまう。そこで、いろいろな団体が集って協議する「市民社会連帯会議」で、 女性団体側が戸主制度廃止を重要な問題として取り上げました。
 たとえば、「私たちは環境問題に対して協力するから、戸主制度問題に対しては、 環境団体もほかの団体も協力してほしい」というふうに訴え、この問題が全体の課題になると、 それ以降、市民団体全部が戸主制の問題に発言をするようになる。 そうすると韓国の社会全体の問題になるから、政府としても何らかの形で対応しなければいけない ことになっていくのです。

坂本 日本ではいろいろな問題ごとに活動している人はたくさんいるのですが、 問題を共有し、横のつながりで国を動かすというようなところまではいってません。 ですから政府に対しても、大きな圧力にはなりにくいのです。

 これは専門化している日本の社会運動のやり方ではないかもしれません。 しかし、男女共同参画社会基本法も通り、家庭、学校、地域、職場での男女共同参画が明確に規定され、 その実現に向けて国会や地域社会が努力すべき根拠とされるので、自分の専門分野を超えて横のつながり をつくることも可能ではないでしょうか。

坂本 法律もさることながら、女性差別撤廃条約や子どもの権利条約にも 入っていて、国連の子どもの権利委員会からは相続差別を無くしなさい、非嫡出子という言葉 の使用はよくないという勧告を何度も受けているのに改善されない。
 各自治体は男女共同参画社会基本法を実現する条例をつくるべきなのに、進まないどころか、 最近はバックラッシュ(揺り戻し)がひどく、ジェンダーフリーという言葉を使うなとか、 行き過ぎた男女平等は良くないという意見が出るなど、逆行しているくらいです。

議員には一対一で

 韓国にもバックラッシュはあるけれども、それに対しての再反論のほうがもっと強いのです。
 戸主制度があったからとても幸せという人はいない。しかし被害を受けた人はいっぱいいる。 とすれば、それを国民に知らせるキャンペーンが必要です。どのような問題があるかを分かってもらうのが 一つ。それと同時に政府に対して、政府の責任として国民が被害者になる法律は改正すべきだという要望 を理解してもらう。この二つを同時に行なうことが一番効果的な運動の形だと思います。
 国会議員に対しては、昨年、「272運動」をやりました。国会議員272人に対して市民側が一対一で つくのです。自分は誰の担当と決めて、電話したり、訪問したり、資料をつくって送ったり。 この運動がかなり成功したようです。
 夫婦別姓や婚外子差別の問題は個別の問題として捉えるものではなく、女性全体に対しての差別 という人権問題だということを理解してもらいたいと思います。

坂本 そうですね。でも日本の保守系の国会議員には人権問題だという訴えは 理解されにくくて、こんなに困っているんですという陳情のほうが説得力があるんです。
 だから当初は、男女平等に反するとか、憲法違反だという主張をもちろんしたのですが、 これを保守系議員に言うと門前払いになるので、たとえば「大学で研究を続けていたけれども、 結婚改姓して大学で戸籍名しか使えないと言われて、キャリアが継続できなくて困ってる」と言うと、 おぉ困ってる人の話は聞かなくちゃとなる。こうして問題の本質から離れてしまったというところは あります。

 これは困った人たちの問題だけれども国民だから助けてあげましょうというふうになると、 個人的な問題になって、そういう方たちだけ我慢すればいいじゃないのという反応が当然来るんです。
 韓国の場合は、個人的な問題ではなくて、根本的な社会構造自体が問題だということ、 そこからいろいろな問題が出ているということを強調して、幅広く協力を得ることを目指してきました。 日本は韓国とは条件が違うから違う戦略を取ったのでしょう。でもこれからは、 お互いに学びながら参考にしていったらいいと思います。

坂本 日本は韓国から大いに学ぶべきことがあるなと思います。
 今、日本も少しだけ明るい見通しが出てきたんです。夫婦別姓に強硬に反対する議員が何人か昨年の 選挙で落選し、賛成の人たちが積極的に動き出しました。残念ながら期待していた今国会での自民党の 改正法案提出は見送られましたが、野党が共同で改正案を提出しました。成立は無理でも、 あきらめずに行動していきます。

 そうですね。どちらが早く改正できても、 お互いに良い影響を与えられますからね。

坂本 長い間運動していると、時々無力感に襲われますが、 お話を聞いて韓国を見習いたいと思いました。いい意味で競い合って、早く男女平等を実現したいですね。

(まとめ/編集部・宮本有紀)

(注)韓国の戸籍には姓と、祖先の発祥地とされる地名にちなむ「本貫」 が記載される。姓も本貫も同じ「同姓同本」は、同一父系の血縁関係にある広い意味での血族とされ、 同姓同本同士の結婚は禁止されていた。


韓国家族法の主な改正の歴史

1960年
・新民法制定施行:植民地時代の旧民法を大幅に改正
・妻の法的無能力制度廃止:妻は独立的な法的行為ができなかったのができるようになる (以前は夫か家の男性親戚が財産権などの法的権利を掌握)
・養子制度改正:基本的に日本から導入された異姓養子制度を廃止
・戸主相続と財産相続の分離:戸主は相続で優先されるが財産全部を相続するのは廃止

1962年 一部改正
・法定分家、強制分家制度新設:二男以降は結婚とともに強制分家させられる (1963年 ソウルに最初の家庭裁判法院成立)

1977年 相続の改正
・親権は父母共同
・ただし、同意に至ることができない場合は父に親権
・両親の同意を問わず、20歳になると結婚可能
・協議離婚は家庭法院の確認を得て効力が生じる

1989年
・子の相続分の改正:性別と結婚に関係なくすべての子は均等相続
・戸主の権利弱体化:戸主相続制度を戸主承継に(戸主承継の断念も可能)
・戸主の居所指定権・家族の強制居家への権利・未成年者の後見人となる権利 ・相続の優先(相続分で2分の1を追加)・家族の扶養義務を廃止
・法的親族範囲の平等化:母系と父系、両方の8親等まで「親族」と認定(前は母系は4親等まで)
・離婚の際、妻の財産分割請求権認定:財産の半分を請求できる
・離婚の際、夫婦が親権に関する合意がない場合、家庭法院に母の親権を訴えられる (以前は合意ない場合、父が親権を持った)
・夫の婚外子と妻の自動的親子関係廃止、親戚関係に変更

1997年
・同姓同本禁婚制度の違憲決定 (憲法裁判所)





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