坂本洋子


「なぜ変えられない?民法772条問題」
『女たちの21世紀』2007年6月 No.50



(掲載を許可していただいたアジア女性資料センター『女たちの21世紀』編集部に感謝します。)

子どもの父親が誰であるかを推定する民法772条(嫡出推定)については、いわゆる「離婚後300日問題」として、今年に入り多くのメディアがその問題点を指摘した。今年2月、与野党の国会議員を対象とした勉強会が開かれ、その後国会での見直し論議が活発化した。制度見直しが具体化する一方で、夫婦別姓などに強硬に反対する保守派の議員からは慎重な意見が出された。

*女性にだけある再婚禁止期間
女性は離婚すると六か月間再婚できない。一方の男性は、離婚後すぐに再婚できる。
女性にだけ再婚禁止期間があるのは、生まれた子どもの父親が誰であるかを推定するために一定の期間を要するからとされている。女性は妊娠・出産という事実で母子関係を証明できるが、男性は母子関係のように証明できないからだ。

*子どもの父親決めるのは国?
民法772条では、法律婚の妻が妊娠した子はその夫の子と推定している。さらに、婚姻届を提出した日から200日以降に生まれた子は夫の子と推定され、離婚届を出した日から300日以内に生まれた子は前夫の子と推定される。たとえ離婚後の妊娠であっても、離婚後300日以内に生まれると前夫の子と推定されるのだ。婚姻中に妻が夫以外の男性の子を出産しても、実父が認知したり、実父の戸籍に入れることはできないが、夫が妻以外の女性との間に子を設けると認知することができるのだから男女不平等だ。

*実父の子どもとするためには?
離婚後300日以内に生まれた子を実父の子とするためには、前夫が子どもの出生を知った日から1年以内に、自分の子どもではないと「嫡出否認」の訴えを起こすか、妻や前夫から親子関係はないと「親子関係不存在確認」の訴えを起こすしかない。調停や裁判によって前夫と子に親子関係がないことが確定した後に出生届を出せば、子どもが前夫の戸籍に入ることはない。ただし、その期間は戸籍や住民票がないため不安定な身分となり、様々な行政サービスが受けられない。いったん出生届を出してしまうと、前夫の戸籍に子として記載されてしまうので、後に前夫と親子関係がないことが確定し、実父の子どもとして届出ができても、前夫の戸籍に子どもとして記載された事実が残ってしまう。

*前夫が協力が得られない場合
前夫の協力が得られないこともある。また、離婚がもめた場合などでは前夫を巻き込みたくないという母親も多い。前夫を巻き込まないで親子関係を確定することはできる。子どもが実父に対し「認知」するよう訴えを起こす方法だ。しかし、あまり一般的ではない。
ドメスティック・バイオレンス(DV)が原因で離婚した場合などは、出生届を出すと住所がわかってしまうので、それを恐れて子どもが無戸籍のままのケースも少なくない。

*明治時代にできた古い制度
そもそも「嫡出推定」の規定は明治民法下にできた。当時の医学では、いつ妊娠したかを正確に判断できなかったので、いわゆる「十月十日(とつきとおか)」の妊娠期間とされる300日が設定された。しかし、今の医学では妊娠した日や妊娠日数も簡単にわかるようになった。なにより母親が誰の子であるかを知っているのに、母親の主張は認められない。

*ようやく始まった国会での論議
*政府や保守派の対応は?
議員立法に反対の長勢甚遠法務大臣は、離婚後妊娠のみを救済する通達を決めた。 再婚禁止期間の短縮が1996年の法制審答申に選択的夫婦別姓制度導入とともに盛り込まれていたことを知った保守派は一斉に反発した。離婚前の妊娠は「不貞行為」であり、「家族制度」の崩壊につながるなどの反対意見が上がった。しかし、最高裁の判例では、たとえ婚姻中であっても、別居後に始まった男女関係については、破綻の原因ではなく、「不貞行為」とはみなしていない。そもそも、民法772条は、子どもの法的身分を早期に安定させ、親に養育の責任を持たせるためにできたもので、女性への制裁のためにできた制度ではない。

*子どもの人権を最優先に!
国会での議論も、子どもが他人の戸籍に入ってしまったり、無戸籍となるのを防ぎ、子どもの法的身分を早期に安定させることを目的に始まった。
5月21日、法務省の通達により離婚後妊娠の子どもの出生届出が可能となり、全国の自治体で20件の届出が受理された。外務省も6月1日より戸籍のない子どもに条件をつけパスポートを発給する。一歩前進だが、まだまだ、救済を必要とする子どもたちは多い。
いま一度、立法趣旨に立ち返り、子どもの人権や福祉を最優先に考えた議論で早期解決に力を尽くしてほしい。


Copyright (C) fem-yoko