坂本洋子

よつば著作・メディア

「男性優先文化「戸主制度」を廃止した韓国の女性」
『女としごと』 2005年 NO.44 掲載

(ウェブ掲載にあたり、掲載を許可していただいた 『労働大学出版センター女性としごと』編集部に感謝いたします。)

「戸主制度」とは

2005年3月、韓国では「戸主制度」の全面廃止という民法の画期的な大改正が行われた。戸主制度は男女平等を阻む象徴的な存在であり、その廃止は半世紀にわたる民法改正運動の悲願でもあった。戸主制廃止のニュースは日本の多くのマスコミもとりあげ、女性運動に携わる者にとっては大きな喜びであった。

儒教思想が根強い韓国で戸主制廃止が実現した背景には、戸主制度の弊害が深刻な社会問題となっていることや市民運動の果した役割がある。戸主制度を定めた民法は1958年に制定された。79年の一部改正を経て、89年の改正では、戸主制廃止や同姓同本婚姻の禁止(注1)の改正にはいたらなかったものの、それ以外の女性差別規定はすべて廃止された。

(注1)韓国戸籍には、姓と先祖の発祥地を示す本貫が記載される。姓も本貫も同じことを同姓同本といい、同姓同本同士の結婚は禁止されている

しかし、男性優先文化をもたらす戸主制度が存続したことから、90年代後半になると、戸主制廃止を求める声は一段と大きくなり運動も盛り上がっていった。

そもそも韓国の戸主制度は、日本が、植民地にした韓国に日本の民法を押し付け、韓国の封建的な家族の考え方に、日本の戸籍が合体して根付いたものだといわれている。戸主制度の下では、結婚すると妻は夫の戸籍に入り、戸主の継承は、夫、息子、男性の孫の順で、男性がいない場合のみ娘、その次が妻となる。子どもは父親の姓を名乗り、両親が離婚した場合、子どもは父親の戸籍に残され、親権が母親に移り、母親と住んでも母子の関係は単なる同居人に過ぎなかった。

日本と韓国の家族法の比較研究を行う申h栄さんによると「男児先行文化を強化した結果、年間3万件に上る女児堕胎が行われ、男女出生比率が110対100になった。韓国では、少子化よりもこの男女比率のほうが先に解決すべき深刻な人口問題になっている」という。また、「ある漢方医がインターネットの討論カフェで、『男の子が生まれやすい体質にする漢方を求める女性が多いことや女児を何度も中絶する女性の話をよく聞くこと、漢方医がみなそうした同じ体験をしていることは男性優先の戸主制度によるものだから、戸主制を廃止すべきだ』と発言したことから、戸主制廃止議論がインターネット上で盛り上がった」と申さんは話している。韓国では相互に情報を発信するインターネットの役割も大きく、韓国の市民運動の広がりにはインターネットは欠かせない存在となっている。

活発な女性・市民運動

ところで、日本と韓国では市民団体の位置づけが大きく違う。日本では、お上意識が非常に強いせいか、政府や役所は市民団体を下に見る傾向がある。一方、韓国では市民団体は政府のパートナーとして扱われており、政府は専門的な知識や情報を持つ市民団体と協力関係を作っている。たとえば、日本の教科書採択に関して、韓国の大学教員や作家、市民運動家が中心的役割を担い、教職員組合や労組、女性団体、宗教団体など90の団体が連帯するNGOが「つくる会」教科書不採択運動を国内外で活発に行った。それに対し、韓国政府は多額の資金援助を行うなど市民運動をバックアップした。

また、政府は女性団体の協力なくしては女性政策を作ることができない。女性団体は政策の分析、情報や事例の収集、対案の提示を行い、政府がそれを必ず聞く関係になっているのだという。戸主制度のような、社会全般の家父長的構造を変えるほどの問題については、保守の強固な反対運動もあり、女性団体だけで解決することが難しいため、さまざまな問題に取り組む市民団体間の連帯が必要となってくる。

戸主制廃止については、女性団体側が環境団体や平和団体などに対して、相手の運動にも取り組む代わりに、戸主制廃止運動への協力を要請し、さまざまな団体から戸主制廃止を呼びかけてもらう。そのことで韓国社会全体の問題として扱われ、政府としても取り組まざるを得なくなる。政府に対する働きかけだけでなく、問題をインターネットやテレビを使って国民に知らせるキャンペーンも必要で、この二つを同時に行うことが一番効果的な形だという。

戸主制廃止のユニークな取り組みとしては、2003年の「戸主制廃止272」運動があげられる。272人の国会議員に対して272人の市民運動家が一対一にロビー活動を行うものだ。国会前の座り込みや記者会見には著名な俳優が参加し、マスコミでも注目された。著名人が市民運動と一緒に活動する光景は日本ではあまり見られない。むしろ、そのような活動に距離を置く風潮がある。

平等が後退する日本

日本でもいろいろな問題に取り組む市民団体は多いが、問題を共有し、横のつながりで国を動かすというところまではいかず、政府に対しても大きな圧力にはなりにくい。

韓国の男女平等へ向けた市民の取り組みは活発だが、日本ではそのような動きをなかなか実感できないのが現実だ。ここ数年はバックラッシュ派の動きのほうが目立っている。民法改正も法制審議会の答申から来年2月で10年を迎えるが、改正の見通しも立っていない。それどころか、昔の「家制度」を彷彿させる復古的な考えから、家族領域での個人の尊厳や男女平等を定めた憲法24条を見直そうという動きさえあるほどだ。韓国にもバックラッシュはあるようだが、それに対する再反論のほうがもっと強いというから頼もしい。

男女共同参画に関しては、日本も韓国も多少の違いはあるが、着実に前進していると言える。79年の国連女性差別撤廃条約採択以降の日・韓の動きを比較してみる。条約を批准をしたのは韓国が83年で、日本は85年である。日本ではその年に男女雇用機会均等法が制定され、韓国では87年に男女雇用平等法が制定された。95年には韓国で女性発展基本法が成立し、実質的男女平等実現に向け積極的優遇措置が明記され、97年には家庭暴力被害者保護等に関する法律が成立した。

日本では99年に男女共同参画社会基本法が成立し、01年には配偶者間暴力防止法が成立した。

02年に韓国では性同一性障害者の戸籍の性別変更を認められた。

日本では03年に性同一性障害者特例法が成立した。

ほぼ似たような動きをしているが、大きく違う点もある。88年に韓国で憲法裁判所が設置されたことだ。今年2月に、憲法裁判所が戸主制を定めた民法について「両性の平等と個人の尊厳を定めた憲法に合致しない」と判断した。そのことは戸主制廃止の動きに拍車をかけた。

2000年の政党法改正により、国会議員の比例代表候補者の推薦者を30%以上を女性にすることを盛り込んだクォータ制を取り入れたことは、クォータ制をとっていない日本とは異なっている。また、日本にも運動団体は数多くあるが、韓国では運動団体の連合や大規模な連帯が結成されるなど、運動の規模は日本と比べると格段に大きい。

家族への支援も拡大

今年6月、韓国では従来の家族概念の範囲を大幅に拡大させる「家族支援法案」が発議された。同棲、シングルマザー、委託児童共同体なども家族として認め、政府が支援を行うべきとするもので、これは女性団体が国家人権委員会に陳情したことを反映したものである。この点についても、多様な家族を認めない保守派の言動が目立つ日本の状況とは異なっている。

日本では個人的なことと片付けられる問題も、韓国では個人的な問題にせず、根本的な社会構造自体が問題であるということを強調して幅広く協力を得ることを目指した戦略をとっている。前進する韓国の女性運動に学ぶべきことは本当に多い。




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