坂本洋子


「実父でも「父」と認めない!? 矛盾だらけの民法772条2項」
『週刊金曜日』2005.05.27(558号)



(ウェブ掲載にあたり、一部表記を改め、また、写真等は略してあります。
掲載を許可していただいた『週刊金曜日』編集部に感謝いたします。)

 婚外子差別や夫婦別姓問題など民法には改正すべき点が指摘されているが、法律婚で生まれた子どもの父親を誰とするかという「嫡出推定」規定の矛盾について一般にはよく知られていない。では何が問題なのだろうか。            坂本洋子

 現行民法では、女性は離婚後すぐに再婚できず、六カ月間待たなければならない。一方男性は、離婚後すぐに再婚することができる。
なぜ女性にのみ再婚禁止期間があるかといえば、子どもの父親が誰であるかを法律で推定するためには一定の期間を要するからとされているからだ。つまり、女性は妊娠・出産という事実で母子関係を証明できるが、男性は母子関係のように証明できないため、民法で父親が誰であるかを推定する。これを嫡出推定という。

◆子どもの父親は国が決める
 民法772条1項では、法律婚をしている妻が産んだ子どもはその夫の子どもとみなす。子どもの法的身分が早期に安定するメリットがある反面、妻が夫以外の男性の子どもを出産しても、実の父親が子どもを認知したり戸籍に入れたりすることはできないという問題がある。もっと問題なのが、婚姻が成立した日から200日以降に生まれた子どもや、離婚が成立した日から300日以内に生まれた子どもも夫の子どもとみなす同条二項だ。離婚後300日以内に出産すれば法律上は前夫が父親となってしまう。このような場合は、前夫が子の出生を知った日から一年以内に、自分の子どもではないと「嫡出否認」をするか、妻や前夫などから親子関係はないという調停や訴えを起こすしかない。
 離婚後300日以内に出生したため、実父でありながら父としての届けが出せなかった実例が大和博さん(仮名、35歳)だ。大和さんと妻(28歳)は再婚同士。離婚後の妊娠だが、娘が誕生したのは昨年11月11日、妻の離婚後291日だったため、出生届を出すと前の夫の子どもとしてしか受理されないことがわかった。一度出生届を出すと前夫の戸籍に子どもとして記載されてしまい、後に親子関係がないことが確定しても子どもと記載された事実が×印とともに残ってしまう。
 そのため大和さん夫妻は裁判で前夫と娘との親子関係を否定する確定を得て、今年5月2日に改めて出生届を提出した。つまり娘は約半年間、戸籍や住民票がない不安定な状態だったのだ。

◆誰も幸せにしない規定
 そもそも子どもの父親が誰かという嫡出推定は明治民法下にできた制度である。当時の医学では、いつ妊娠したかを正確に判断することができなかったので、いわゆる「十月十日」の妊娠期間とされる300日が設定されたのだ。しかし現代の医学では妊娠した日もわかるし、DNA鑑定もできる。嫡出推定よりはるかに正確に事実関係がわかるのだから見直しは当然であろう。離婚後に妊娠しても離婚後300日以内に出生すると前夫との子どもとみなす規定は、離婚が成立しているのに婚姻中とみなす矛盾を端的に示している。

 また、出産が婚姻から200日以内の場合は嫡出推定が働かないので認知しなければ実父と認められないはずだが、いわゆる「できちゃった婚」の場合、通達(注)によって「推定されない嫡出子」として認知しなくても夫の戸籍に入り、夫の子とする扱いが認められている。通達が事実上民法改正をしているのだから、嫡出推定と再婚禁止期間の規定を見直すべきではないか。

 今年3月にニューヨークで開かれた国連女性の地位委員会のNGOフォーラムで、米国の俳優、メリル・ストリープが日本の再婚禁止期間が女性差別であると非難したことから再婚禁止期間が注目された。

 女性だけでなく離婚した女性と婚姻しようとする男性にとっても差別的な規定だ。初婚の女性と婚姻する男性には何の制約もないが、離婚した女性と婚姻する男性には、嫡出推定や再婚禁止期間があるため性交渉や婚姻の制約があるからだ。婚姻用件が規制されるのは、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」すると定めた憲法24条にも違反する。何より、実父でないことが明らかなのに法律上の「父」ができてしまったり、戸籍がない期間ができたりしてしまうことは、生まれてきた子どもへの重大な人権侵害である。

 時代に合わないのは憲法ではなく民法ではないのか。誰も幸せにしない民法規定こそ改正すべきである。

 (注)1940(昭和15)年1月23日の大審院判決をうけ、同年4月8日付民事甲432号 民事局長通牒として出されている。


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